2019年5月31日金曜日

左右社WEB連載「詩への旅」が更新




 初夏から、梅雨へと移る気配があって、庭に紫陽花が咲きはじめた。

 左右社WEBで連載中の詩的紀行文「詩への旅」の第二回が更新されました。

 下記リンクから、お愉しみください。


一篇の詩を旅するように、詩作品と詩人にゆかりある土地をたずね、あわよくば、呑む、このエッセイ。
今回は、詩人エズラ・パウンドやTS・エリオットをパリで歓待し、小説家アーネスト・ヘミングウェイやジェイムズ・ジョイスを発掘して支援した、アメリカきっての前衛詩人・作家のガートルド・スタインと、彼女が暮らしたパリ、セーヌ河畔について書いた。
草創期のマティスやピカソなど20世紀芸術の蝟集家であり、「Lost Generation」(失われた世代)の母親だった、スタイン。
「パリのアメリカ人」(と、イギリス人)の拠点だった伝説的な「シェイクスピア書店」も登場します。
写真は、セーヌ河。先月、焼烙してしまったノートルダム大聖堂が写っていた。哀悼を捧げつつ。

ぜひ、お読みください。

2019年5月24日金曜日

新詩集『Asian Dream』刊行!





 詩とジャズが対話する最新詩集『Asian Dream』が、5/20に思潮社より刊行されました。

 おまたせいたしました。

 今詩集も、装丁は奥定泰行さんにお願いした。その出来映えたるや、ブリリアント!の一言。三方裁の本書は、ポエジーとミュージックを収めたCDをイメージしており、サイズもなるべくそれにあわせてあるのだとか。とはいえ、活字のおおきさは一般の詩集と大差なく、とても読みやすい。コンパクトなつくりにしていただいたおかげで、ページを渡ってゆく詩行に、かえって、疾走感が生まれたとおもう。さすがは、奥定デザイン、と唸ってしまった。

 グリーンの帯、レッド&ホワイトのカバーをとると、本体表紙はあざやかなブルー。これだけカラフルな詩集もめずらしい。

 対称的なのは本文で、オフホワイトの、ざらっとした、やや薄手の紙が使用されている。うえから束をみると、本の構造がきれいに一目瞭然。カバーの背表紙と折り返しまでタイトルの朱墨がおおきくはみでて、筆でさっと刷いてあるのも、カッコイイなあ。

 そして、ここにこそ、奥定さんの装幀家としての深い企みがあるように思う。
 この、一見、ざらっとしたライトグレーの上質紙。欧米のペーパーバック(安価な紙に印刷された略装本、日本でいう並製本や文庫本)の本文用紙を髣髴とさせる。つまり、安価なペーパーバックを装う本文用紙が、ハードカヴァー(上製本)として装幀されているのだ。
 詩集はおろか、こんな書物、いままで見たことがない。
 この詩集を手にした瞬間、ぼくは深く感じ入ってしまった。こんど、奥定さんにお会いしたときに、この装幀の意図について、ぜひ、うかがってみたいものだ。
 
 なにやら、ブックデザインばかり、熱く書いてしまいましたが。

 さて、この場をおかりして、

 本詩集を編んだ三年間、発表の機会をあたえてくださり、ともに走ってくださった編集者諸氏の皆様、とくに版元である思潮社の出本さんにお礼を申し上げます。

 奥定泰之さんをはじめ、共創してくださったアーティスト、詩人の皆様、

 いつもぼくに元気と刺激をあたえてくれる学生のみなさん、とくに、ランチポエムズ・プロジェクトの獨協大学生、原成吉教授とゼミ生、すばらしき先輩方、OBのみなさん、友人たち、

 さいごに、妻石田みゆと両親、親戚のみなさん、

 みなさんの日頃のサポートなくして、本詩集は生まれませんでした。深くお礼を申し上げます。

 そして、書店などでみかける機会がありましたら、ぜひ、『Asian Dream』を、お手にとってみてください。

2019年5月15日水曜日

ピエモンテのステック



  独りきりの夜だったから、ステーキを焼いて食べた。

 イタリア人女性に郷土料理を習っていたことがあって、そのとき、ピエモンテの伝統的なステック(ステーキ)の焼き方を教わったのだ。

 ほんとうは、藁と炭で焼くのだけれど、オーブンやフライパンでも結構。オーブン?という方もいらっしゃるとは思うけれど、イタリアの田舎のスッテクは低温で焼くのです。

 肉は、スーパーの特売品でもよいけれど、厚めがおすすめ。ポークでもよし。ぼくは、この日、伊勢丹のタイムセールで土佐の赤牛、しかも雌の腿肉を手にいれることができた。

 焼き方は、かんたん。一時間ほどかけて肉を常温にもどす。脂身が半透明になり、赤身ともどもとろりと艶っぽくなってきたら、塩、胡椒をすりこむ。十五分ほど放置。しっかり常温にもどすのが、ステックを焼くときのコツ。そうでないと、「肉が火傷をしてしまう」のだ。肉の質によって、大蒜をきつすぎない程度にすりこむのもよし。これを、オーブンかフライパンの温度を90~100度にたもちつつ、15分ほど低温でじわじわ焼く。
 そのあいだに、塩、胡椒、ワインビネガー、エクストラバージンオリーブオイル、バルサミコ酢でドレッシングをつくっておこう。
 肉の表面に透明な肉汁がでてきたら、こんどは、焼けた肉にうすくエクストラバージンオリーブオイルを塗って、オーブンかトースターにいれ、高熱で表面をカリッと焼きあげる。ぼくは、アラジンのトースターをつかいました。

 皿に庭で育てた生バジルをしき、うえからドレッシングをかける。ステックには直接かけない。そのうえに2、3センチほどの厚さにカットしたステックをのせ、天日干しの岩塩をまぶします。上質なお肉は、オリーブオイルと塩のみの味付け。ときおり、下のサラダのドレッシングとあえて食べる。

 余分な脂がぬけているのに、お肉はジューシー。断面はレアに見えるけれど、しっかり火がとおっています。

 日本のステーキは霜降りになった、やわらかくてとろっとした食感が好まれる。海外の、とくにヨーロッパのステーキは、脂の落ちた、しっかり噛み応えのある、噛めば噛むほどジュワッと透明感ある肉汁が口中にひろがる雑味のないものが好まれる。そのほうが、酸味のきれいな赤ワインとあうからだろう。池波正太郎ではないが、日本のステーキは、鮪のトロに味がちかく、酒にあうのかもしれない。

 おためしあれ。


2019年5月9日木曜日

谷口昌良さんからの手紙



東京は蔵前にある、唯一無二といっていい、写真ギャラリー「観照空蓮房」を主宰する写真家、谷口昌良さんと視覚詩に挑んでいることは、前々回のブログで書いたとおり。

すでに、メールで九通のお手紙をいただいているのだが、空蓮房同様、じつにユニークな視覚論/写真論が語られていて、興味がつきない。というのも、谷口さんは現役の僧侶でもあって、氏の視覚論/写真論は、特異な仏語になっているから。

写真と仏教がクロスオーヴァする眼差を、氏の許可を得て、以下に引用してみたい。

無欲の光学ははかない。認識されねば物はないのか。

写真自体は何も残さない。でも、おのれは独自に存在せず、他に共有されている。

写真家の本命は怪しき実体への挑戦と言語体系を超越した存在と認識への挑戦であり、美術らしからぬ美術でもありましょう。自分は人でない、とならば人はカメラを持ち、何をしようとするのでしょうか。自分は無い、とならばその行動の根拠は何なのでしょうか。自分を見ることができないならば何をもって自分の存在を知るのでしょうか。謎の写真、謎の実体、謎の自己。

今や形となって仏教の教えは具体化されていますが、釈尊がどう悟ったかは他者がどう認め証明されたのでしょうか。縁起や無常という言葉は後世になってから生まれたものです。空や無などもそうです。形のない悟りに年月をかけながら研究されていくのでした。

自他同一の現象学とも言える写真論は縁起無常論と相まって現実と存在の問いを常に広大無辺に投げかけてくるのです。遊戯に戯れる余地ではないかもしれませんね。特に写真はその向きにおいて記憶の記号論に遊ぶのみならずより大きな問いを広げているから私には魅力を感じるのでしょうし、これが写真行動の根拠となっているのだと思っています。


 以上の引用は、氏の写真論のごく一部、ほんのさわりにすぎない。

 ぼくらの視覚とポエジーへの二人草鞋は、何処へとたどりつくのだろう。

2019年5月2日木曜日

浅草へ、どぜうで一杯。








  ゴールデンウィークは、ひたすら、執筆だった。

 どうも疲れたし、ふだん使いの満寿屋の原稿用紙も尽きかけているから、浅草にでかけ、呑みにゆく。‎一月にいちどは、どぜう鍋で一杯やり、精をつけたいのだった。ついでに、原稿用紙も買おう。

 昼下がりの、すこし空きはじめた、駒形どぜう本店へ。一階の桟敷席に案内してもらう。簀をしいた床にじかに檜かなにかの厚い一枚板がわたされてい、客は板をはさんで二列に座って食事をする。
 この駒形どぜう独特の食卓は、創業者が話題作りのために考案したのだとか。往時は、お給仕さんも秋田出身の女性、つまり、秋田美人のみ。これも、創業者の話題作りのアイディア。

 浅草の不良酔人、阿佐田哲也をはじめ、文士がかよった駒形どぜうだが、詩人の西脇順三郎や蔵前に引越した筑摩書房時代の吉岡実が称賛した店でもある。鰻もいいが、どぜうはとにかく精がつき、江戸風流な味わいが酒徒にはたまらない。

 前回、書いた、空蓮房の谷口昌良さんは駒形橋ちかくの生まれで、いつぞや、浅草流のどぜう鍋の食し方を指南いただいたことがある。

 ともかくも、着座し、どぜう鍋定食とぬる燗をたのむ。定食は、鍋のほか、田楽、ご飯、どぜう汁‎がつく。どぜう鍋は、マル、サキの二種類があるが、マルは、どぜうが丸身のままはいり、サキは身がひらいてある。

 甘い白味噌と柚子風味の田楽をほおばり、ぬる燗で一杯やり、鍋が煮えるのをまつ。おっと、そのまえに、青葱と山椒をどぜうが隠れるまで、盛れるだけ盛ろう。‎
 葱がしんなりしてきたら、どぜうとともに箸で口にはこぶ。このとき、中皿ではなく小皿でちびちび食べるのが、いわゆる、江戸浅草しみったれの美学なのだ 笑

 ここで、お銚子が三本は空く。

 さて、どぜうを食べ終えた時点で、お食事、ご飯とどぜう汁をたのむ。ここで、身がなくなり出汁だけになった鍋に、やおら、のこりの葱を盛る。葱がしんなりしてきたら出汁とよくまぜ、熱々の葱出汁をご飯にかけて食べるのである。食が太い方は、おかわりもしよう。おかずは、どぜう汁にたっぷりはいったどぜうの身で十分。なんと優雅な、しみったれの美学。

 酒粕をたっぷりつかったどぜう汁は、こくがあり、ちっとも臭くなく、美味です。

 たっぷり呑み、食べたあとは、余計なことは考えず、電車が混まないうちにまっすぐ帰宅。海外ミステリを読み、のんびり午睡でもして、英気を養うのだった。