2020年8月6日木曜日

新コーナー「Special」がスタート



 ぼくらはふたりきりで深夜のカウンターにすわっていた。

 

 先週の日曜日、詩誌「PEDES」でも活躍する若き詩人二宮豊さんが浦和にくる。来春オープン予定の国際ポエトリ・サイトの打ち合わせ。氏はこのサイトの副編集長でもある。


 二時間ほどの会議のあと、浦和の鮨屋でかるくつまんで呑み、話題の新バー「一滴水」へ。マスターは作務衣、着物姿の女性バーテンダーがいて、無垢木のカウンターと木天井の空間にお香が漂う。どこか、祇園のバーをおもわせた。


ぼくは、三十年もののハイランドパークをストレートで。このご時世に、奇特にも、極太のキューバ葉巻がおいてある。コイーバを燻らせつつ、ぼくらはプロジェクトの展開、日米の近現代詩や文学について、えんえん語りあうのだった。その日は、トータルで七時間、呑んで、呑んで、語った。


 アメリカン・モダニズムの巨星ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『アメリカ人気質』(In the American Grain)で修士論文を提出した氏は、英語が堪能で、ぼくとも共訳をしている。若き詩友として、副編集長として、好個の人材だ。


 そんな二宮豊さんと、本ホームページの新メニュー「Special」をはじめます。その名も「Alone Together ふたりきりの詩の止まり木」。左記サイトのためのパイロットページで期間限定の掲載です。


Menu」から、ぜひ、ご一読ください。

2020年7月22日水曜日

砺波周平『続 日々の隙間』−読書日誌2



鬼怒川金谷ホテルのパンフレットの巻頭エッセイでいっしょにお仕事をさせていただいている写真家砺波周平さんから、氏の写真集をご恵贈いただいた。

 ここ半月は、大学も打ち合わせもすべてオンライン。週にいちど、仕事で東京にかようほかは、蟄居して、原稿を書き、グラスを片手に本を読む毎日。PCにはさわらず、テレビも動画もまったくみないから、プルーストも幸田文も、家の書架にあった全集はほぼ読破してしまった。そうして、言葉につかれた日々の隙間に、ぼくは砺波さんの写真集をひらく。

 『続 日々の隙間』は、砺波さんが暮らす長野の日々を写しだす。もともと、砺波さんは森林や山中で自然光だけをたよりに撮影する写真家。ぼくが商業的な仕事でご一緒するときも、アウトドアな服装で、室内をほぼまっ暗にして撮影する異色の写真家だ。

 ところが、ここに収められた写真作品たちは、砺波さんの自宅と敷地周辺にかぎって撮影されている。
 
 被写体は、家族の日常。奥書には「まだあどけなさが少し残る。そんな彼女が子供を産んだ」とあり、子どもたちが育つ日々を主旋律に、家事と子育てにむきあう「彼女」の姿と、老いて死にゆく犬と猫、パンケーキの朝、野鳥、雪、山の木々、皀の実、草原、長野の自然が対奏をなして織りあげる光と影をファインダーにおさめてゆく。

 砺波周平の光を、なんと名づければよいだろう。砺波周平は口数のすくない、ちょっと不器用で、やさしい男だ。その男の瞳が、偽りなくあるがまま感光し、家族と木とちいさな生物たちのやわらかくも厳かな表情へと定着してゆく。小鳥が死んで羽だけになる姿が、なかば放心した子の瞳に強い光を宿す、その表情へと。

『続 日々の隙間』は、静謐な沈黙に彩られた、切なく、美しい写真作品集だ。けれども、けっして淡彩でも、淡々としてもいない。

その日々の隙間からは、父であり写真家の烈しい情念が湧水している。ぼくは、砺波さんの写真を「口数のすくない、ちょっと不器用で、やさしい」光といいたい。その光は、家族のもとで渦巻いては、幸福でありつつも孤独な一滴となって、また新たな日常へと揺蕩ってゆく。その、まぶしさが、ぼくの胸をうつ。

2020年7月14日火曜日

鳥居昌三編『TRAP』 読書日誌1




 詩人のヤリタミサコさんより、お手紙がとどいた。「偶然 30年以上もとどまっている美しい冊子たちがいます」と、ポーラ美術館のレオナール・フジタ展の便箋にペンシルの文字。同封されていたのは、一九九〇年六月刊行、伊東の詩人鳥居昌三氏が編集刊行した『TRAP』第12号だった。

 限定195部也。表紙も本文用紙も厚手の和紙で、活版印刷された無綴の三五頁がノンブルをふられ挟まれているだけの、極度にシンプルで美しい装幀だ。
 表紙カットは、北園克衛「机」。
 佐々木桔梗氏の労作「山中散生ノート〈2〉」を巻頭に、参加詩人はJohn Solt、金洋子、島木綿子、黒田維理、David Mamet、茂木さと子、そして鳥居昌三の各氏。Nicole Rousmaniere氏の視覚詩も挿し挟まれている。
 ヤリタさんによれば、この美しい詩誌たちが十部、ある日、突然、送られてきたのだとか。

 ここ幾晩か、信州のマルス・ウヰスキイをショットグラスで舐めながら、一篇ずつ大切に耽読している。
 ぼくの宝物の一冊、と書きたいが、この詩的リフレットの温かくも浄らかなたたずまいほど〈私有〉から遠いものはない−−桃山の古唐津のように。
 だから、ぼくも、「偶然 とどまっている」とだけ、いまは書いておこう。そして、時がきたら、この詩冊子を若き詩人に手わたそうとおもう。ヤリタさんがそうしてくださったように。

 窓の外は、降りやまない簷雨。鳥居昌三「海」を読む。

過ぎ去っていく記憶の底で
きらめくものが
ある

一九九〇年六月の雨の音を聴きたくて。

2020年6月29日月曜日

7/5トーキョー・ポエケットの開催中止



ポエケット事務局から、お知らせをいただきました。

告知をだしたばかりでしたが…先週のコロナ感染者数の増加により、東京都の要請で、ことしのトーキョー・ポエケットは開催中止とあいなれり。ポエケットで、開催中止は今回が初めてだとか。

こころから、残念です。

来場をたのしみにしてくださったみなさま、ごめんなさい。

また、出展ブースを予定していた方々や、ポエケット事務局、運営委員のみなさんの落胆とご苦労もいかばかりかと察して余りあります。

とはいえ、来年2021年にむけて、ポエケットは開催復活をめざすという。内々にだが、ぼくも、来年の出演のオファーをいただいた。光栄です。

けさは仕事でたちよった神田のニコライ堂でコロナ平癒のお参り。

来年こそは、笑顔で、会場でお逢いしたいですね。

それまで、ポエケットを応援しつつ、力をあわせてコロナをのりきりたいとおもいます。

2020年6月27日土曜日

ポエケット with PEDES



 きたる7月5日日曜日、「トーキョー ポエケット イン 江戸博2020」にゲストポエットとして招かれている。その際、ブースもだすのだけれど、ぼくが詩を寄せた新創刊の詩誌「PEDES」と共同で出展します。
 売れ行き好調の「PEDES」は、田上友也氏、二宮豊氏を二十代前半の詩人が中心になって立ち上げた。ゲスト詩人は、宿久理花子氏。詩のほかに、田澤敬哉氏の小説、やなかいずみ氏の写真作品、箕芳氏のグラフィックノベルなども掲載。デザインも、ヒップでカッコイイ。本ブログやイベントでも定期的に共演している、ご存じの面々だ。

 その詩誌からは「今 ここ」がひしひしと伝わってくる。ポエムではなく、この世界にポイエーシス(創造)とはなにかを問いかけるエディティングだからだろう。
 はや四年のつきあいになる田上氏、二宮氏の詩作品、時流にとらわれない個は、一年毎に着実に成長している。
 また、今回、初読の田澤氏の短編小説「鳥打帽」にも、おどろかされた。田澤氏の詩はキーンであり、先鋭。しかし、小説のほうは、けっして派手ではないが、丹念に文の呼吸をかさねながら、じつに繊細に、濃やかな情感を紡ぎあげてくる。小説も、今後がたのしみだ。

 そんな若いメンバーたちとだすブースは、純粋にワクワクする。
 ちなみに、「PEDES」の巻頭には、ぼくの「AO」という詩が掲られている。すばらしくステキなデザインをほどこされ、満寿屋の手書き原稿のまま。ほんとうに、光栄です。が、徒花、異彩をはなってしまっているかも。誌面を汚していないかしらん。

 当日は谷口昌良氏との写真詩画集『空を掴め』と、最新詩集の『Asian Dream』謹製署名本も持ち込みます。レンカさんの踊りも、乞うご期待。本ホームページのニュース欄もご覧ください。
 今年はコロナもあって、短いひとときですが、会場でお会いできるのをたのしみにしています!

2020年6月15日月曜日

谷口昌良+石田瑞穂『空を掴め Catch the Emptiness』刊行




現代アート界で注目をあつめる、六本木の新進気鋭のギャラリー「YUTAKA KIKUTAKE GALLARY」出版部から新刊が出版されました。写真家の谷口昌良氏とぼくの共著、写真詩画集(とでも名づけるべきだろうか)『空を掴め Catch the Emptiness』です。
カドミウムグリーンのドイツ装、A5ノートよりひとまわりちいさい瀟洒なたたずまいが、ぐっときます。

So Booksのリリースはこちらから。

ご存知、谷口昌良さんは本ブログでも何度も登場している。アートギャラリー「空蓮房」を主催される写真家にして僧侶、さらにはギャラリスト、写真評論家、コレクターとしても知られる。谷口さんは、1979年に渡米。ニューヨークでニュー・カラー・フォトグラフィの旗手レオ・ルビンファインに師事した。帰国後は二十年以上の沈黙を経て、2009年から写真集『写真少年』シリーズや、写真家の畠山直哉氏との共著『空蓮房 仏教と写真』を上梓され意欲的に作品発表や執筆活動にとりくんでいる。以後、谷口さんの写真作品は、サンフランシスコ近代美術館およびデンバー美術館のパブリックコレクションにも収蔵され話題をよんだのだった。

谷口さんは、2018年から静岡の三保の松原を定期的に訪れ、アナログカメラを片手に撮影旅行をはじめた。重度の近眼で乱視の谷口さんだが、あえて眼鏡を外ってシャッターをきる。まさに、空を掴むがごとく。撮影対象は、一見、松だが、そこに写しだされたのは驚くべき未見の写真世界だ。三保の松原にゆかりの禅僧白隠の書画のようでもあり、撮る主体とピントを光の表面で迷宮入りさせてしまうアメリカン・ニュー・カラー・フォトグラフィ、その観音業のようでもある…これ以上は、本書を手にみずからの裸眼でお確かめください。

とまれ、本書については、ぼくも未だにこころの整理がついていないのだ。それはとある晩春の午後、駒形どぜうで昼酒をきこしめし蔵前の空蓮房で本書の企画をうかがい作品を依頼されてから、いわゆる即吟というやつで、それからあっというまに本書が上梓されたからかもしれない。ゆえに詩のタイトルも「雷曲」。その疾走感は作品にもあらわれているとおもう。読みかえすたび、本書はぼくのペンに到来した出来事ではなく、他者の旅を生きたような、不思議な感慨にとらわれる。

谷口昌良さんのみならず、ギャラリストにして話題のマガジン「疾駆/chic」の編集長菊竹寛さん、そして、まさに電光石火でこれほど美事な装幀をされたデザイナー木村稔将さんとお仕事ができたことは衷心より光栄です(ちなみに装幀は、写真を光沢紙に、詩を風合いある厚手の特殊マット紙に印刷。一冊の書物で別々の紙をつかいわける離れ業。活版印刷のフォントも美しく、さらにインクには光沢系の粒子が混入してあり、光線の角度が変わると砂浜のように煌めくのだった)。谷口さん、菊竹さん、木村さん、ここに記して感謝いたします。来年はイギリスに招聘されているので(今年の予定だったがコロナで延期)、本書に英訳をつけて持参しようと考えている。

そして、大変遅ばせながら、告知を。7/5開催の「東京ポエケットin 江戸博」にゲストポエットとしてお招きにあずかりました。踊り手のレンカさんに『空を掴め Catch the Emptiness』を舞っていただく予定です。この件は、近々、再告知いたします。

乞うご期待!

2020年6月9日火曜日

左右社WEB「詩への旅」が掲載



新型コロナ・ウィルスにともなう非常事態宣言解除後も、遠出については、一進一退の状況がつづいている。ぼく個人は、都内や他県に仕事や出張ででかける機会がふえてきたけれど…以前のように、人が自由自在に旅できるには、いますこし時間が要るようだ。

でも、そんなときだからこそ、こころはせめて詩的に旅していたい。

というわけで、今月も、左右社WEB連載中の詩的紀行エッセイ「詩への旅」第九回が掲載されました。


ロックダウンの余波で、思うように取材旅行にゆけないので…今回は満を辞しての「近旅」。地元埼玉県にゆかりある詩人、立原道造の浦和をとりあげました。

おかげさまで、多くの方にお読みいただいています。ぜひ、ポエジーの旅をお愉しみください。