2017年9月4日月曜日

R.I.P John Abercrombie



ドイツのレコードレーベルECMの看板アーティストであり、現代ジャズのトップ・ギタリストのひとり、ジョン・アバークロンビーが、822日に永眠した。

おなじECMから2017年にリリースされたリーダー・アルバム『Up And Coming』が遺作となってしまった。ジョン・アバークロンビーは、いまもむかしも、ぼくのギター・ヒーローのひとり。詩や散文原稿を書くときも、彼のCDがかからない日はなかった。

十代のころ、ぼくは、ジャズを専攻したくて、アメリカの音楽大学への進学を希望していた。入試課題、実技の自由曲にビル・エヴァンスの名曲「Walts for Debby」をえらんだのだが、バークレーで買ったジャズ誌「JAZZ LIFE」に採譜されていたジョン・アバークロンビーのアレンジを、一日八時間も練習したっけ。ジョン・アバークロンビーの理論と奏法は、ギター一本でオーケストラを奏でるようだった。

ジョン・アバークロンビーは、スタンダードとフリージャズ、ロック、民族音楽、現代音楽を架橋しつつ、いちはやくエフェクターを多用したロック・スタイルのエレクトリックギターを弾きはじめた。パット・メセニーよりさきにギターシンセの可能性に気づき、追求して、つねに新しい音楽に開かれていたプレイヤーだった。そのいっぽうで、ジャズが高尚な現代音楽やビート中心のロックに染まりすぎるのをきらい、彼ひとりの内奥から湧出するリリシズムを手放さず、研磨しつづけた。だから、ジョン・アバークロンビーのジャズは開かれていながらも、いつまでも純粋で、美しく、孤独だった。

晩年のリーダー作『39 Steps(ECM)は、長年愛用していた、エフェクターと相性のよいサドウスキーのテレキャスターと、やわらかい音がでるからと特注していた銅製ピックをつかわず、アルバム全編、マッカーディのハンドメイド・セミホロウギターを親指のフィンガーピッキングで弾きとおしている。エフェクター類も、できるかぎり除いて。サウンドはより繊細にふるえながら、どこまでも音の糸をひきのばして、ベースやピアノの音と絡まり、ともに音のフィールドを編みあげてゆくような奏法に変貌した。実際、近年の音源は、かなりスピーカーのヴォリュームをあげないと、ジョン・アバークロンビーの音がきこえない。音の大きさと速度という、エレクトリックギター最大の利点を放棄したところで、圧倒的に深く、静謐な、エレクトリックでもアクースティックでもない未聞のジャズをつむぎだした。

ギターを弾かなくなってひさしいぼくだけれど、ジョン・アバークロンビーの音楽は、これからもペンの傍にずっとありつづけると思う。

たったひとつ無念なのは、ジョン・アバークロンビーが、公式のソロギター・アルバムを遺さなかったことだ。ジョンは、ジャズ・ピアニストのアンディ・ラヴァーンとのプロジェクトをはじめ、サクソフォニストのグレッグ・オズビーとのセッションや、秀逸なデュオ・アルバムを多く遺している。ソロ録音の不在は、まちがいなく、世界中のファンが残念に思っていることだろう。でも、ぼくには、このソロギター・アルバムの不在こそ、ジョン・アバークロンビーのジャズと音楽にたいする思想を、無言のうちに語るものだと思えてならない。

下記に、ジョン・アバークロンビー晩年の、ソロプレイをリンクしておきます。



ミスター・ジョン・アバークロンビー、やすらかにお眠りください。

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