2017年3月26日日曜日

ロンドンから帰国


「ロンドン・ブックフェア 2017」から、無事、帰国。
ケンジントン・オリンピア本会場、ホワイトチャペル・ギャラリーでの二回のイベント、書き下ろし本のための取材と、忙しくも充実した滞在でした。

もちろん、各国の詩人や小説家、アーティスト、出版人、そしてロンドンのひとびととの、ゆたかで恵まれた出逢いも。

フェアそのものについては、別誌に記事を執筆すると思うけれど、本ブログにて、クラフトビールをはじめ、旅の土産噺もちょくちょくさせていただきます。

まず、上写真の熊は、そう、ご存知、「パディントン・ベア」。たまたま滞在したのが、ロンドン・パディントン駅から徒歩十数分の、クリーヴランド・コートの閑静なブティックホテルだったのです。

ロンドン・パディントン駅は、マイケル・ボンドの人気児童文学作品シリーズ『くまのパディントン』生誕の地。

「暗黒の大地ペルー」から、

 Please Look after this BEAR, Thank you.
どうか、この熊の面倒を看てやってください。

という紙札を、すりきれたダッフルコートにぶらさげてパディントン駅に降りたった熊のお話は、いまも世界中で読まれている。映画にもなりましたね。ぼくも、BEARをPOETにかえて、ロンドンにきたわけです。

下写真の駅構内には、パディントン・ベアグッズをたくさん売っているショップもあります。子どもたちだけではなく、世界中から大人のファンもつめかけて、パディントン・ショップの店内はにぎわっていました。かくいう、ぼくも、イベントや取材、バーから疲れて帰ると、このベアたちの無垢な笑顔におおいに慰められたっけ。そして、そんな大人は、ぼくだけじゃなかった。




ところで、一九九四年八月に、詩人・田村隆一も、ここパディントン駅からダートムアにむかった。そのイギリス旅行が、田村さんにとって、最後の海外渡航となったのだった。


帰国すると、庭の杏がこぼれるように満開。毎年、愉しみにしている。辛夷も咲きはじめ、見沼の桜回廊の蕾みが、春を待ちきれなさそうにふくらみきっている。

ああ、日本に春が、帰ってくる。







2017年3月12日日曜日

ロンドンブックフェア2017へ



 梅が日に日に散華して、庭の木の木蓮の蕾が、空へおおきくふくらみだした。
 水ぬるむ、陽ぬくむというやつで、この時季、春の心待がいやおうなく高鳴ってしまう。

 そんな、一年でも愉しげな日本の春先に、より寒として、春が手前となるロンドンへ旅立たなくてはならない。
 「ロンドンブックフェア2017 ポエット・コンファレンス」招聘のため、3/12〜3/22までブログをお休みします。

 むこうでは、Astrid AlbenやJames Byrone ら、いまの英国詩を牽引する俊英たちとも交流し、エールをさかんに酌みかわす予定。アストリッドはつい先週、BBCラジオに出演したとか。そして、ふたりは若手詩人たちのイベントにも誘ってくれている。

 どんな出逢いがまっているか、愉しみ。
 旅の土産噺も、乞う、ご期待。




2017年3月11日土曜日

カオール


 パリやボルドーからサン=シルク・ラポピにゆくには、カオールで前泊しなくてはならない。

 ロット川がおおきく蛇行する、ちょうどその蛇の腹のところに、天然の城塞都市、カオールは産み落とされたのだった。

 欧米文学に明るい方は、カオールときいて、ピンとくるかもしれない。かの詩聖ダンテ・アリギエーリが『神曲』のなかに、この中世の都市を登場させているからだ。「地獄篇」の「第十一歌」、第六圏の異端者が墜とされる責なみのなかで―。



 それだから一番苦しい円の中では
  ソドム〔男色者〕やカオール〔高利貸〕や
  心で神を蔑ろにし口で神を潰す者に烙印が押されるのだ
  (平川祐弘訳)



と、カオールは書かれている。オクシタニー地域でも有数の通商都市だったカオールは、百年戦争、ユグノー戦争をつうじ、戦略拠点としても発展を遂げた。また、その戦乱に乗じた銀行家たちが、両陣にたいし高額の利子で貸し付けをしていたことから、かなりの悪名を轟かせてしまったのだという。

 とはいえ、現代のカオールはダンテの地獄絵図とはちがい、美しく、平穏な地方都市だ。カオールの象徴といえば、尖塔を有すヴァラントレ橋。ロット川に架けられたこの橋は、七十年の歳月を経て、一三七八年、完成にいたる。中世の要塞橋としても、ヨーロッパ屈指の美観だったとか。

 橋塔の壁や花崗岩の手すりには、ところどころに真鍮のホタテ貝が埋めこんである。旧市街にある、世界遺産に登録されたサン=テティエンヌ大聖堂へとつづく“サンティアゴ・ディ・コンポステーラの巡礼路”の道しるべになっているのだ。ロット川をわたってきた、バックパックに杖の巡礼者たちが、この金のホタテ貝をたどってつぎつぎゆききする。
 わたり鳥の巡礼者とよばれる、キョクアジサシたちの翼影の下を。ワインはエッセイに登場した「カオールの黒」です。