パリやボルドーからサン=シルク・ラポピにゆくには、カオールで前泊しなくてはならない。
ロット川がおおきく蛇行する、ちょうどその蛇の腹のところに、天然の城塞都市、カオールは産み落とされたのだった。
欧米文学に明るい方は、カオールときいて、ピンとくるかもしれない。かの詩聖ダンテ・アリギエーリが『神曲』のなかに、この中世の都市を登場させているからだ。「地獄篇」の「第十一歌」、第六圏の異端者が墜とされる責なみのなかで―。
それだから一番苦しい円の中では
ソドム〔男色者〕やカオール〔高利貸〕や
心で神を蔑ろにし口で神を潰す者に烙印が押されるのだ
(平川祐弘訳)
と、カオールは書かれている。オクシタニー地域でも有数の通商都市だったカオールは、百年戦争、ユグノー戦争をつうじ、戦略拠点としても発展を遂げた。また、その戦乱に乗じた銀行家たちが、両陣にたいし高額の利子で貸し付けをしていたことから、かなりの悪名を轟かせてしまったのだという。
とはいえ、現代のカオールはダンテの地獄絵図とはちがい、美しく、平穏な地方都市だ。カオールの象徴といえば、尖塔を有すヴァラントレ橋。ロット川に架けられたこの橋は、七十年の歳月を経て、一三七八年、完成にいたる。中世の要塞橋としても、ヨーロッパ屈指の美観だったとか。
橋塔の壁や花崗岩の手すりには、ところどころに真鍮のホタテ貝が埋めこんである。旧市街にある、世界遺産に登録されたサン=テティエンヌ大聖堂へとつづく“サンティアゴ・ディ・コンポステーラの巡礼路”の道しるべになっているのだ。ロット川をわたってきた、バックパックに杖の巡礼者たちが、この金のホタテ貝をたどってつぎつぎゆききする。
わたり鳥の巡礼者とよばれる、キョクアジサシたちの翼影の下を。ワインはエッセイに登場した「カオールの黒」です。
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