2021年6月6日日曜日

今井智己「『十年』−A decade」を観に(1)

 


 今井智己「『十年』−A decade」は〝3.11〟、2011年3月11日午后2時46分におきた東日本大震災と、福島第一原発のメルトダウンからはじまる「十年」を撮影した写真作品展である。

 

 今井は、倒壊した福島第一原発〝建屋〟の背にひろがる阿武隈山系を尾根伝いに歩きつつ、十数か所のポイントから、地図と方位磁石をたよりに建屋の方角をむいてシャッターをきりつづけた。

 繭の白い内面を想わせる、日本の茶室の間取りにちかい空蓮房の壁面ぞいに、額もタイトルもなくただ撮影日だけが付された一連の写真作品が、細いワイヤーで宙吊られている。奥の水屋のような展示室には、額入りの大判作品と、プロジェクトの概要とドキュメントが流れる液晶ヴィジョンが対面で展示されていた。

 

 ワイヤーで吊られた最初の写真には、「2011.4.21」の日付がある。今井は、原発事故の周囲二十キロ圏内が立入禁止区域化される一月前に、この写真を撮ったのだった。

 その一枚には、東北の春霞の空、阿武隈の雄大な山並の奥に、かすかに福島第一原発のある陸地がみえ、消尽点のさらにむこうに、津波が大勢の生命を奪った、東北の冷たく澄んだ碧緑の海がわずかにみえる。写真は、人の視線からみると、静かにすぎる時の流れを奏でている。

震災から二年が経過した「2015.3.11」の作品には、シルエットになった雑木林のあいまから、おなじく霞んだ空、コバルトの海と白波、遠景からは窺い知れない建屋らしき建造物が、もうすでに、何事もなかったかのように白い点になって写っている。

 

時を経るにつれ、各撮影ポイントを夏の緑や冬の裸枝が繁茂して覆う。建屋への視線を遮る。無人になった土地に大自然だけが、美しい威声をあげて帰還してくる。

印象にのこったのは、撮影対象とともに写真作品の表情だった。今井は一眼レフカメラと三脚を担いで撮影ポイントを彷徨し、ファインダーにおさめたはずだが、作品はどれもスナップ写真のように軽い質感で、フラットな表情をしているのだ。  (つづく)


(於 ギャラリー空蓮房 2021.3.3-4.23) 

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