2018年12月17日月曜日

Dungeonでの一夜〜レンカ(踊り)×村岡佑樹(g)×野澤夏彦(g)×石田瑞穂(詩)〜


石田瑞穂 Mizuho Ishida 
 Photo by ©️池田敬太 Keita Ikeda


Renka 
Photo by ©️池田敬太 Keita Ikeda



野澤夏彦 Natsuhiko Nozawa
Photo by ©️池田敬太 Keita Ikeda




村岡佑樹 Yuki Muraoka 
Photo by ©️池田敬太 Keita Ikeda


 去る11月9日の日曜日。東京板橋区にあるアートスペースDungeonにて、詩とアートのコラボレーション展「直角はありません」のクロージング・イベントが開催された。
 本ブログでも告知してきたけれど、踊り手のレンカさん、アルバム「百年ののち」をリリースしたばかりの新鋭ロックバンドAram(アラム)のメンバー野澤夏彦さんと村岡佑樹さんによるツインギター、という編成で、ぼくらは「ポエトリー・パフォーマンス」に挑んだのだった。

 会場は、大盛況。観客席には、コラボレーション展に参加された詩人の広瀬大志さんと、そらしといろさん。そして、広瀬さんと共創された美術家の宇野和幸さん、詩人の生野毅さんもお見えになる。
 獨協大学教授の原成吉教授をはじめ学生、卒業生、早稲田大学とフェリス女学院大学の学生のみなさんもご来場くださった。

 イベントは、午後5時からスタート。まず、「絵画による詩は可能か」と果敢に問いかける美術家のタカユキオバナさんによるポエトリーリーディング。そして、本展の名づけ親にして詩人の川口晴美さんがリーディングをされた。つづいて、ぼくらの出番。

 漆黒のドレスをまとったレンカさんが、登場。ソロで踊りはじめる。そこに、野澤夏彦さんと村岡佑樹さんが、かすかにひずむディストーションを対奏しつつはいってくる。さらに、ぼくはノートに書きつけた長篇詩「神迎え」(かむかえ)を粒焼くように、朗読していった。
 レンカさんのしなやかな四肢は、極力動きを抑えつつ、音楽と詩の言葉の透き間にゆらめきだち、舞い、鳥に、雪に、光へと生成してゆく。そうしながら、音楽と言葉の抱擁をうながす形象を紡ぎだす。
 野澤夏彦さんと村岡佑樹さんのツインギターは、クリアからノイズまで、電子の音色と音響をたくみに重奏させ、織り解きながら、エレキギターという楽器の潜在性を詩の深層まで降りてゆく。しかも、ロックやジャズのコードやリフをほとんど駆使せず、踊りと詩がその場で生起させる宙空から、完全に即興で、特異なスケールとビートを醸してゆくのだった。それは、終盤のふたりの即興ソロ演奏でもそうで、シングルノートで鮮やかにソロをとる村岡さんにたいし、野澤さんはエフェクターを自在にあやつり茫洋と揺蕩うかのアンビエントを展開していった。
 フィナーレは、レンカさんの踊りとぼくの詩作品「ネザーランド」(『耳の笹舟』収中)の朗読でデュオ。ぼくの書く詩は本質的には宛先不明の詩だと思う。でも、この夜、じぶんの詩が初めて、レンカさんの踊る肉体に運ばれ、どこか遠いアドレスにつれていってもらえた、という得がたい感覚を得た。臆面なく書けば、一詩人にとって、とても幸福な出来事だと思う。
 これもすべて、レンカさん、野澤夏彦さんと村岡佑樹さん、お三方の稀有な才能とアーティストシップの賜物としかいいようがない。

 そして、もちろん、この夜ご来場くださったgreat audiencesのお力だと思います。

 こうして、オファー当初はまったく予期していなかった成果を得たのも、忍耐強くご支援くださったDungeonのオーナーの戸野倉あゆみさん、キュレーター/プランナーであり映像作家の安藤順健さん、そして、レンカさんとぼくをひきあわせてくださった類稀な批評家にして詩人の生野毅さんのおかげです。また、写真家の池田敬太さんは、この記事にも掲載させていただいている素晴らしい写真作品を、無償でお貸しくださった。ここに記して感謝いたします。

 みなさま、ほんとうに、ありがとうございました。

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