2019年8月22日木曜日

夏のおわりに



 「シンコを食べないと私の夏はおわらない」と書いたのは、小説家山口瞳だが、ぼくの場合は、大学のレポートを採点しないと夏がおわらない。

 二百篇ちかいレポートや詩を採点しおえたある午后、東京の九段下にでかけた。おめあては、「鮨政」。いみじくも、山口瞳がシンコを食した老舗店で、とまれ、ぼくはそこでシンコを食べるのではない。コハダで、呑む。

 鮨政は、数寄屋橋次郎とならぶ江戸前鮨の名店だけれど、とみに、コハダが有名だ。鮨のシンコはコハダの稚魚をさばいて〆、しゃりのうえに五、六枚しいては握る。初鰤、初鰹などといっしょで旬の走りのネタであり、職人の技術の見せ場のようなところもある。じつは、ぼく、このシンコをすごく旨いとおもったことがない。それでも、あれば、夏の風物詩としてたのんでしまうのだが。

 とまれ、鱧のお造りからはじめて、コハダをありがたくいただいた。鮨政のコハダは、粋のよさはもとより、すこうし長めに塩をするとか。香りよく、きりっと〆られてい、脂もよくのっている。
 そういえば、鮎のうるかもそうだし、古漬けもそうだけれど、日本酒の肴にはぴりりと舌にここちよい刺激のあるものが、酒米の旨味をいっそう福よかにして、よい。香辛料のそれともちがう、和食のぴりりは、なんとも名状しがたい繊細な刺激だけれど。この、ぴりりは、鮨政のコハダにも響いていて、夏の疲れた胃腸と舌を元気づけてくれる。

 鮨をつまみながら、春夏に出逢った学生さんたちの顔をおもいうかべた。フェリス女学院大学にいたっては、二年、三年とつづけて受講する学生さんもおおく、十五週間無欠席の学生さんもけっこういて、学力、意欲、ともに高い。成績評価は、接戦につぐ接戦で、むずかしかった。

 秋からは、詩のイベントや取材旅行、大学の講義もあって、あっというまに歳末、といういつものパターンになりそう。比較的に時間のある九月は、読めずにつんであった本の山をくずし、原稿用紙の升目をうめることに専念したい。

 鮨政の暖簾をくぐって、千鳥ヶ淵へ夕涼みにでた。ビルの合間をそよぐ夜風が、やや泥臭い水の匂いをはこぶと、頭上のソメイヨシノから濃い緑が降る。東京の夜の匂い。山口瞳なら、このままホテルグランドパレスのロビーでコーヒー、というところだろう。千鳥ヶ淵の夜気をみたすように、鈴虫が鳴きだした。音だけでも、涼しさを感じはじめたころ、ぼくは、神保町のバーへと歩きだすのだった。

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