2017年7月22日土曜日

『星座』と『今日の宿題』





かまくら春秋社刊行の詩歌文芸誌『星座』 号に、詩作品「神迎え」が掲載されました。

吉野晃希男氏による、詩世界と美しく呼応するイラストが、作品とともに見開きいっぱいにおどっています。光栄、かつ、うれしいかぎりです。まだ、はっきりとはいえないけれど、「神迎え」は、新連作詩の第一篇となるかもしれない。その出発を、『星座』があたえてくださった。

もう、ひとつ。イベントなのでお世話になってきた、下北沢のとってもヒップな書店「B&B」から、ユニークなアンソロジーが刊行。『今日の宿題 Rethink Book編』というタイトルで、文学にかぎらず各界のフロントランナーたちが、「宿題」をだすという本。ただし、解答も提出期限もない、不思議な宿題たちだ。平松洋子さんも、書かれている。プロフェショナルたちが綴る、日々の哲学的断章集の趣もある。

半生において宿題なぞ、まともに提出したことがないぼくも、書かせていただきました。子どものころに、あまりに、宿題をやってこなかったから、大人になったいま、〆切に追われる生活なのかもしれない。装幀もカッコいいですね。

ご紹介するのが、かなり、遅くなってしまいました。

ぜひ、お手にとってご覧ください。

2017年7月14日金曜日

鯨井謙太郒「桃」を観にゆく





7月8日の夜、「神楽坂セッションハウス」で上演された、鯨井謙太郒氏構成・演出・振付の新作コレオグラフ「桃」を観にゆく。カリフォルニアはオークランドから来日中の女性詩人、ジュディ・ハレスキさんを誘って。

出演は、定方まこと(音・ピアノも)、大倉摩矢子、四戸由香、桃澤ソノコ、鯨井謙太郒さんの各氏。

吉岡実の短詩「桃」(『静かな家』)を基底にししている、と、鯨井さんから教わっていた。現代暗黒舞踏の開祖・土方巽と現代詩人・吉岡実をむすんだ、桃、という果実。期待はいっそう高まった。

出演した踊り手たちは、全員が、ブラック&ホワイトのジャケットやワンピースに装われて登場。舞踏、モダンダンス、オイリュトミーが、並列的に、同時多発的に展開してゆく。ときには、床にたおれ、ねころぶ身体たちが烈しく手足をけいれんさせるなどの動きで同期する。

けれども、諸動作を同一平面に織りあげようとするのは、意外にも、踊り手たちがかいま見せる表情、とある顔の体制だ。それは、いまを、不確実な放心、あるいは悦楽のうちに生き延びようとする人間たちの、孤独な顔に思えた。


ぼくは、鯨井さんたちのダンス(四戸さんの、あの機械人形的ブレイクダンスは、速度、鋭利さ、さらに磨きがかかっていた)のみならず、コレオグラフ自体に触発された。鯨井さんたちの「桃」は、吉岡実の聖と俗、具象と観念が猥雑かつ絢爛に球体化する言語宇宙の、たんなる再現ではない。鯨井さんが踊った、詩中の「老人」を思わせるホームレスは登場したけれど。むしろ、鯨井さんたちは、「桃」やモダニズムの言語宇宙を貫通しながら、いま、ここに危うく息づく肉体と生の光と闇、その仄暗い敷闇にそって舵をきった。「桃がゆっくり回転する/そのうしろ走るマラソン選手」のように。そんな現代的な感性にも、ぼくは、共感をおぼえたのだった。

2017年7月7日金曜日

空蓮房詩個展、See you later!









空蓮房での個展の撤収作業を終えました。

そのあと、空蓮房のオーナー・谷口昌良さんと奥様の真由美さん、アートディレクションをしてくださった奥定泰之さんと奥様の佳代子さん、展示の設営とイベントの映像を撮影してくださった奥定正掌さんと、ちかくの小料理屋「魚熊」さんで、さいごの打ち上げ。

「魚熊」は、もとは蔵前の老舗の魚屋さん。毎朝、築地で仕入れるという。鱧の切り落とし、刺身、そして、毛蟹で、暑気払いも兼ねた。酒は、蔵元と縁のあるという群馬の地酒「光東」。鱧は、今夏、初。湯引きもいいけれど、切り落としは、こりこりと歯ごたえが、夏。この時季、関東の鱧は、関西のものよりも脂がのっているのだとか。梅の風味とあいまって、じんわりと上品な滋味が口中に吹きそよぐ。

思い思いに、展示やイベントについて語らいながら、夜が更けてゆく。

さて、ここで、ぼくが個人的にいただいた個展についての感想をご紹介させていただきます。

「詩人の個展というと原稿や本が飾ってあるのかなと思いましたが、予想しなかった展示でした。言葉を中心に詩と書と装丁家さんの作品が、空蓮房の白く狭い空間の中で響き合い、調和していました。公園から子供の声が届きます。小鳥が鳴くのが聞こえます。空蓮房の中で石田さんの詩集を読みふけり、声に出して読んでいました。ここにいると自分が言葉に包まれ、世界が音楽になって聞こえてきます。」(Tさん)

ところで、今回の個展、ぼくにはこんな感想もある。空蓮房の個展は、一回の観覧につき、ひとりのお客さんのみ入場できる。ぼくは、友人知己や、教えている学生さんなどをお誘いして、たびたび、空蓮房を音ずれた。なかには、数年ぶりに再会する友人、仕事仲間やアーティストもいる。そういった方々に、あの言葉の繭のような空蓮房で、展示を観ていただく。帰路、蔵前や浅草でひさびさにグラスを酌みかわし、来し方や近況を語りあう。すると、つくづく、人と人の出逢いや縁は、不思議なものだと思えてきた。作品と観る者の一期一会の出逢いを切実に考える空蓮房以外の場で、はたして、こうした感興を得ることはできただろうか。


そんなことを思いかえすと、空蓮房での展示やイベントは、元来、アートや文学にたいする鑑賞装置といった範疇では、とらえきれないものを秘めている。いや、もとい、そこから各々の表現の根源と現在を問いかえす、公案をあたえられるというか。


そうした、つくり手の想いとはべつに、空蓮房でひとときをすごされた方々が、すこしでもなにかを持ち帰っていただけたなら幸甚です。

長応院の山門をひらき、蔵前の街と芸術をむすびつづけている谷口昌良さん、真由美さんに、こころからお礼を述べたい。

奥定泰之さんは、展示のみならず、会期中の細々としたディレクションやイベント当日のお手伝いも、奥様とともにみずからすすんでしてくださった。そして、奥定さんの動作のひとつひとつが、どこか、本を綴じてゆく手の働きを想わせる。

奥定正掌さんと、横浜聡子さんが撮影してくださったイベントの映像は、これから韓国へ、アメリカへ、さらに、ここではないどこかへと、遠く旅してゆくだろう。

北村宗介さん、Judy Halebskyさん、鯨井謙太郒さんにも、もういちど(何度でも)、ふかい感謝を。

なにより、個展の展示とイベントにおはこびくださった、みなさまに。

ぼくは、アメリカ南部の土地と記憶を書くことを、生涯の仕事とした作家、ウィリアム・フォークナーの言葉を思いだす。

「過去は過去ですらなく、個人は個人ですらない。」

今回の個展で、ぼくはドアをひらこうとした。それは、海へとつうじる個のドアだった。ひらきつづけ、とじつづけることしかできない、なにか、なにものか。正直、答えも、終わったという実感もありません。はじまりつづける、そんな予感のほかは。

なんにせよ、蔵前のみなさま、ありがとうございました。蔵前という町が、大変、気に入りました。


こんどは、呑みに、かよいます


See you later alligator, Kuramae!

2017年7月5日水曜日

空蓮房詩個展、無事に閉幕





6/1から約一月、蔵前のギャラリー「空蓮房」にて開催していた、「観照空蓮房石田瑞穂展 耳の笹舟」が、6/30に、無事、閉幕しました。

時の流れは、ほんとうにはやいです。

展示、イベント、ともに予想をこえた多くのお客さまにおこしいただきました。

こころから、お礼を申し上げます。

個展が閉幕したいまも、展示やイベントにおこしいただいた方々から、ご丁寧な感想をお手紙やメールでいただいています。うれしいです。ありがとうございます。

次回のブログで、その一部をご紹介させていただきます。

以下は、とある日の空蓮房のこと。ブログのために、ノートにボールペンで綴った青い文字を読みかえすと、もう、どこか遠い言葉に感じます。



フェリス女学院大の学生さんたちが、展示にきてくださる。Kさんと、Sさん。ふたりとも、ぼくの詩の講義の生徒さんたちだ。

「蕪木」さんは、京都の「ワイフ&ハズバンド」や、神田の「ラルフ&サニー」(なんか&がつづくなぁ)みたいな、ニューウェーブのカフェ。モノトーンを主調とした小暗い店内は、木のぬくもりとこだわりのモノたちにかこまれ、珈琲器具は磨きぬかれた年季を醸しだしている。洗練され、シャープな感覚。

空蓮房の谷口昌良さんいわく、このお店は、珈琲もすごいけれど、自家製のチョコレートが絶品。ワインにもよくあう大人のチョコレートなのだそうな。ぼくは、アイリッシュ珈琲とビターチョコレートを、KさんとSさんはカフェ・オ・レにミルクチョコレートをあわせて。感想は、谷口さんの言葉どおりでした。

蔵前散策を愉しんだぼくらは、ビールを呑みにゆく。地下鉄一本で日本橋へ。北原白秋や佐藤春夫などの詩人、文士らもつかった老舗洋食屋「たいめいけん」で乾杯。名物50円コールスローとボルシチ、ハムをたのみ、まずは一杯。それから、ぶあついけれどナイフなしで切れそうにやわらかいビフカツ。デミグラスソースの味が、東京の伝統を感じさせてくれる。

そして、〆は、ご存知、「タンポポライス」。チキンライスのうえにふわふわのオムレットがのせてあり、ナイフですっと一文字に切れ目をいれてゆくと、トロトロの卵が、まるで花が咲くようにチキンライスのうえにひろがりかかる。それで、タンポポライス、というわけ。東京下町育ちというKさんは、子どものころ、よくお祖父さんに「たいめいけん」につれてきてもらったそう。このタンポポライスの味を、おぼえているという。

呑み、しゃべり、あっというまに二時間がすぎた。「ごちそうさまー」と、ビルの灯りに消えてゆく女子大生ふたりを見送る。かるくなった財布の中身をみた。まだ、一杯、いけそう。銀座「サンボア」へ、足は勝手に歩きだす。