2017年5月28日日曜日

空蓮房詩個展、装幀家・奥定泰之さんのこと


いよいよ、6/1から蔵前のギャラリー空蓮房で開催される、石田瑞穂の詩個展。5/4のブログでもご紹介させていただきました。


しばらく、この空蓮房さんでの個展やイベントについて書かせていただきますので、どうぞおつきあいください。

今回は、本展のアートディレクションを担当してくださる、装幀家の奥定泰之さんをご紹介。一般誌や「早稲田文学」などの文芸誌、単行本、児童書、詩集など、じつに幅広いブックデザインで知られる奥定さん。拙詩集『まどろみの島』(思潮社)、『耳の笹舟』(同)の装幀も、ご担当いただいた。

空蓮房オーナーの谷口昌良さんから、個展を、というオファーをいただいた、ぼく。でも、一介の詩人が展示をどうこうできるはずもなく、こまってしまった。けれど、もし、アートディレクターに共同制作を乞うのだとすれば、デザイナーさんではなく、ブックデザイナーとコラボしたい、というアイディアだけはあって、ぼくは、迷わず奥定さんにご依頼した。そこから、では、現最新詩集の『耳の笹舟』を中心に、というコンセプトが、自然に湧水したのだった。奥定さんが、『耳の笹舟』の装幀についてふれている記事がありますので、リンクさせていただきます。

オクサダデザイン

早大生だってふぉんと名人!?

春。ぼくと奥定泰之さんは桜花ののこる浅草「駒形どぜう本店」で再会し、昼から呑む。ぼくが酒の力をかりて、菊正宗樽酒をお酌しつつ空蓮房での個展について相談すると、装幀家は初めてだという泥鰌鍋を旨そうにつつきながら、「おもしろそうですね、やりましょう」と、こともなげに快諾してくださった。奥定さんは、装幀やデザインの仕事もすばらしいが、そのお人柄もすばらしい。いつも柔和で、落ち着いていて、クリエイティブにたいする姿勢は真摯だし、なにより、躊躇がない。いろいろ大変なお仕事をされていると思うのだが、ぼくは、奥定さんが愚痴をこぼしたり、声を荒げたりしたところを一度たりとも見たことがない。


初夏。空蓮房で、奥定さんから展示プランをプレゼンしていただく。奥定さんらしい、シャープで深い、かつ、本の装幀とおなじく、こころにくい驚きもあって、じつにカッコイイ展示空間になりそうだ。アイディアしか聴いていない段階で、ぼくはもう、興奮し、感動すらしている。まだ、なにも飾られていない、空蓮房内。クリーニングしたての、あまりに純白な繭の内部にめまいをおぼえながら、ぼくはそこに想像の展示をかさねて、また、たちくらむ。この空蓮房という空間自体、じつに、興味深い。ここで、ひとはひとりきりになり、作品と眼でむきあう。けれども、そのとき、視線のみならず、身体と五感までもが、すっと研ぎすまされてゆく感覚があるのだ。不思議なことに。

居酒屋の夜。レモンハイでダンディな口髭をぬらしつつ、装幀家がこんなことをおっしゃられていたのが、印象にのこった。「この展示はぼくにとって、詩の本なんです。通常の展覧会をディレクションすることはないけれど、この個展だからこそ、ぼくはデザインできるのだと思います。」

ブックデザイナー・奥定泰之さんのアートディレクションに、北村宗介さんの書作品がくわわるとき。いったい、どんなポエジーが、アートが、あの純白の繭をみたし、さらにその外へと糸をのばしてゆくのだろう。それは、空蓮房で実際に観てのお愉しみ。


ぜひ、ご来場ください。



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