2017年10月2日月曜日

「平昌 韓中日詩人祭2017」レポート、惠化の夜



913日午後。二時間のフライト遅延で、ぼくら日本の詩人は金浦国際空港からリムジンバスでソウル市内へ。今回の詩祭のコーディネーターで女性詩人の韓成禮(ハン・ソンレ)さんにご案内いただき、仁寺洞をそぞろ歩く。夜はホテルで韓国、中国の詩人たちと合流、挨拶をかわして、晩餐会。

そのあと、ぼくと詩人の杉本真繊子さんは、惠化(ヘファ)にあるサムギョプサル専門店へ招待される。ヘファは、もともとは国立ソウル大学校があった学生街。いまは、その跡地に国立ソウル医科大学や同大学病院が建つ。

あとで書くけれど、ヘファは大小二百もの小劇場がつどう、演劇と学生文化の街区。そこで、ぼくと杉本さんは、ソウルの人気文芸誌『文学青年』(と、ハン・ソンレさんが訳してくださった)編集長をつとめる詩人・金永卓さんからインタヴューを受けた。

一番上の写真、左からハンさん、ぼく、杉本さん、キムさん。キムさんは、五〇代だろうか。口髭と顎髭を生やし、がっしりとした体格。まさに、「兄貴」といった貫禄。でも、シャイで、人好きさせる柔和さがある。中上健次もこんなひとだったのかな、と想わせる、古き良き韓国のオッパ(兄貴)だ。通訳は、ハンさん。ただでさえ、詩人祭の激務で忙殺されているのに、深夜までぼくらにおつきあいくださった。韓国の人びとの「情」の深さ、熱さには、ほんとうに頭がさがる。

インタヴューは、キムさんがつくる焼酎のCass(「カス」という銘柄。韓国の麦芽と水だけでつくられた、ちょっと重めのビール。いけます)割りを呑みながらはじまった。キムさんが手ずからサンチュやキムチでつつんでくださる豚肉を頬ばりながらの、リラックスした対話。「韓国では呑みながらインタヴューするんですね。いいなあ。かつての日本の文士もそうだったけれど」というと、「いえいえ。韓国では絶対にないですね」と、キムさんにハンさん。こんなところにも、慣れない異国で緊張(?)するぼくや杉本さんへの配慮があった。おいおい書くけれど、日本と韓国の現代詩のちがいも話題になり、とても刺激的な時間を過ごさせていただいた。それと、ぼくが個人的にうれしかったのは、こうして杉本真繊子さんと公式の場で語りあえたこと。年齢もちかく、プライヴェートでは、もう十五年来の詩友でもある。でも、なぜか、日本の誌面では分け隔てられてしまう。全員気持ちよく酔っ払い、落書きだらけのネオンに濡れた街角で、キムさんの「愛車」水色の自転車を囲んで写真撮影。

この晩にいただいたサムギョプサルは、まちがいなく、ぼくの半生で最高のサムギョプサルだった。ステーキほどぶあつい豚肉から、どんどん脂がこぼれて香ばしくなってゆく。それでも、お肉はしっとりとやわらかく、旨味がじんわりとくるまれている。ときおり、キムさんは、サンチュに青唐辛子とニンニクだけを巻いて食べさせてくれた。不思議とすっきりする。「肉の口直しのため、食欲増進のためです」。

さらに、そのあとも、キムさんとハンさんは、透明できらきら光った新鮮なイカ刺身を食べさせてくれる海鮮居酒屋へつれていってくださった。ここでも、また、キムさんが焼酎のカス割りをどんどんつくる。あまりに楽しくて、途中から、ぼくもストレートでぐいぐいショットグラスをあげてしまった。初日なのに 苦笑。ソウルで、こんな新鮮な魚が食べられるとは、知らなかった。初めて食べたけれど、醤油ではなく、甘めのコチジャンをつけて食べるのも、いいですね。こうして、平昌詩人祭の前夜祭の夜は更けてゆく。キムさん、ハンさん、杉本さん、ありがとうございました。

それにしても、写メよ、なぜ消えてしまったのか!(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿