2021年5月25日火曜日

巣篭もりの誕生日





 以前、古山子こと小山冨士夫作の徳利について書いたとき。桃山時代の無地志野盃ととりあわせられれば理想、と書いた。

 

 すると、近頃、頻々に骨董についての手紙やメールを交わしている詩人の城戸朱理さんが、誕生日の祝い物にと、なにやら小包をお送りくださった。

 

 小包を落掌し、開封してみて、おどろく。

 

 桃山時代の織部志野盃が、はいっていた。

 

 無地志野なら紅も差し、人肌のごとき温みある色だが、「織部志野は雪のような青みを帯びて、それもいいものです」と、送り状にあった。その盃は、古唐津の山瀬窯盃の肌を想わせる灰青でもある。

 

 お気持ちもうれしくて、二合半はいる古山子の徳利を三度みたし、半升瓶を呑みあかした誕生日だった。

 

 翌日、一枚板のテーブルにのこされた盃と徳利を、城戸さんにスマホで写メしたら、「志野織部の盃も古山子の徳利も唐子の古染付皿も、まるで昔からそこにあった感じがするのが面白かった」とのご感想をいただきました。

2021年5月15日土曜日

巣篭もりの日々のなかで


 

またもや、グーグルブロガーの不調で、ブログのアップが遅くなってしまった。最近、調子が悪いみたい。

 

 新型コロナ禍も変異ウィルスが出現したり、緊急事態宣言が延長されたりで、巣篭もりの日々がつづく。

 

 さて、きたる74日にTOKYO POEKET 2021のゲストに招かれたのだが…残念ながら、二度目の延期とあいなった。変動のおおいコロナ禍の状況にもかかわらず、たゆまず準備をされてきた運営実行委員会のみなさま、そしてポエケットを愉しみにされていた出展者の方々に、お見舞いを申し上げたい。

 三度目の正直、来年こそは、笑顔でみなさまとお会いできますように。

 

 

 さて、そんな混乱のさなか。やっと愛用の満寿屋謹製原稿用紙がとどく。

 

 原稿用紙が切れていたので、二ヶ月ほど、万年筆やボールペンでノートに書くを余儀なくされていた。時世柄、原稿用紙も種類や販売店がすくなくなり、さらに、コロナが追い討ちをかけている。まあ、同世代の詩人をみわたしても、原稿用紙に手書きはぼくくらいなものだ。

 ぼくもいまは、手書き原稿をアシスタントさんにタイプ清書してもらい、詩も散文もデータ入稿するほかない。

 

 それでも、原稿用紙に手書き派は、確実に一定数は生存しているようで、満寿屋さんも健在だ。

 

 以前、小説家の朝吹真理子氏とお話ししたとき、執筆過程の半分は原稿用紙に万年筆で書いているとお聞きして、うれしかった。

 

 きょうはノートに書き留めた長篇詩を原稿用紙に清書。

かつて原稿用紙入稿が一般的だった時代。執筆者用箋の原稿の余白には、混入を避けるため、名入れや璽印が捺してあった。

 あのころの佳き習慣に倣い、ぼくはいまも、書家北村宗介さんから贈られた璽印を余白に捺している。

2021年5月1日土曜日

ゴールデンウィークはお家で

 




 そもそも、フリーランサーなので、毎年の黄金週間は自宅ですごす、というか、たまった原稿を書いていることがおおいのである。遊びにゆくのは、人波のひいた連休後に。

 

 きょうは、春の酒器たちを共箱に仕舞い、夏の酒器をだした。

 酒を注ぐ片口として見立てたのは、江戸時代初期の瀬戸麦藁手夏茶碗、盃は手前右が古山子こと小山冨士夫作の斑唐津盃、奥左が桃山時代の初源伊万里盃、です。ここ近年は、近現代の陶芸作品と古器をあわせるのが、なんとなくマイブーム。

 

 せっかく、休日だし、酒器もだしたし、新緑を眺めつつ昼酒を。いただいた唐墨をおつまみに。

 

 酒は白州町にある山梨銘醸株式会社の「七賢 絹の味」。

 

 七賢といえば、いま、準備中の国際ポエトリーサイトでもご一緒しているデザインカンパニー「stoopa」さんと、春に七賢の英語サイトをつくったのだった。

ぼくが詩的テクストを書き、翻訳家の渡辺葉さんが素晴らしい英訳をしてくださった。

 よろしければ、ご覧ください。

 

 https://sake-shichiken.com

 

 そして、みなさま、こんな状況下ではありますが、コロナに気をつけて、よきゴールデンウィークを。願わくば、酒は七賢をご用命ください。

2021年4月24日土曜日

春の「目白コレクション」へ

 






 今春も、恒例の学習院大学でのイベントはハイブリッドで開催。打ち上げもないので、終了後は、キャンパスからほどちかいデサントビルへ。

 

 東京を中心に日本全国から旬の骨董屋さんが出店する、おまちかね、「目白コレクション」が開催されているのだった。なぜか、メジコレの開催日が、学習院のオープンキャンパスといつもかぶるのである。

 

 骨董界注目の催しなので、お客さんは、例年どおりの盛況ぶり。けだし、出展者が、いささか寂しい。新潟のベテラン「花地蔵」さん、岐阜の俊英「アンティーク21」も、今回は、欠席。もちろん、新型コロナのためだろう。

 

 そんななか、酒器は、「利菴アーツ」が李朝前期の本歌を列べて頑張っていたかな。あと、魯山人の染付木葉皿に桃山の無地唐津片口と李朝前期粉引盃の優品をあわせた「奈々八」も秀逸だった。けだし、ぼくには、とても手が届かない値付だったけれど。会場を愉しく逍遥するも、酒器は、前回ほど目星いものがない。

 

 かわりに、今回は、食器をさがした。すると、掘り出し物が。

 

 ぼくの収穫は、明末清初の古染付皿。意匠は唐子(からこ)で、とても可愛らしい。伊万里では実現できなかった、くきやかなブルー&ホワイトで、ゆるやかにたわんだ造形が魅力。おおらかな線で描かれた、唐時代の子どもたちが凧を揚げて遊ぶ図は、逍遥遊、という言葉がぴったりだ。

唐子絵は古染付のなかでも人気があり、稀少な品。無傷、ニュウすらなく、コンディションが大変よろしいとなれば、なおさらだろう。

 

 意気揚々と湘南新宿ラインのグリーン車にのり、缶ビールで祝杯。帰宅後は、作り置いたぼくの手製テリーヌを古染付皿にのせ、早めの晩酌。徳利は鶏龍山窯柳絮紋徳利。盃は分院里の白磁耳盃。

2021年4月18日日曜日

左右社WEB連載「詩への旅」第15回が掲載

 



 すこし、掲載が遅くなってしまった「詩への旅」が掲載されました。おかげさまで、今回で15回目。読者のみなさまと、担当編集者のTさんに、お礼を。

 

 http://sayusha.com/webcontents/c21/pわが心深き底あり──西田幾多郎の哲学の道

 

 今回は、哲学者西田幾多郎の〝歌〟をおって、京都東山の通称「哲学の道」を歩く旅。

 

ほんとうは、三月中に掲載のはずが、諸事情あって、いまになってしまいました。

 

 コロナの影響で、京都にゆきたくても、ゆけない方も、すこしでも京旅気分を味わっていただければ幸いです。

 

 ぜひ、ご一読ください。

2021年4月11日日曜日

東日本大震災十周年への

 

 

 東日本大震災十周年を記念して、岩手県北上市にある日本を代表する文学館「日本現代詩歌文学館」からアンソロジー『あの日から、明日へ 大震災と詩歌』が刊行された。

 

 三百ページちかい大部の本で、東北地方を中心に、現代を代表する詩人、俳人、歌人、川柳作家による東日本大震災への詩的応答がこころみられている。

 

 ぼくの詩は、左右社WEBで連載された連詩「見えない波α」から「#47」が暁方ミセイさんの「#46」につづくかたちで掲載。こうしたアンソロジーにおいて、個人作品ではなく、連詩のかたちで掲載をいただくことは極めて稀だとおもう。その意味でも、編集委員の皆様には記して感謝したい。もちろん、プロジェクトに参加いただいた詩人の皆様、左右社さんにも。

 

 書店ではみつけにくいとおもうが、ご興味のある方は現代詩歌文学館にお問い合わせを。日本の詩歌史においても貴重なアンソロジーだとおもう。

 

 東日本大震災十周年の際はいくつかの文芸誌や雑誌に作品や論考を寄稿した。詩作品はともかく、ジャーナリスティックな文章は、災厄に直接ふれて書かざるをえない。そんななか、じぶんにとって異色の一篇となったのが、今月発売の『詩と思想』掲載のエッセイ。一見、西脇順三郎についての短い随想なのだけれど…じつは、震災への応答をこころみるエッセイになっています。

 

機会があれば、ぜひ、お読みください。

2021年3月21日日曜日

桜と春の酒器と





 

庭の古樹しだれ桜が、例年より10日もはやく開花し、春彼岸の中日には、あれよあれよというまに満開。

 

春の酒器をだすまえに、春が去ってしまいそうなので、いそいそと春の盃と徳利を桐箱からとりだした。

 

徳利は、骨董ではなく、古山子こと小山冨士夫作。陶工直筆の箱書には「黒地白釉紋徳利」とある。骨董ではないと書いたけれど、半世紀以上前に焼かれた徳利だ。高さは15センチ、径は9センチ。おおぶりの徳利で、酒は2合半はいる。ぼくの晩酌にはちょうどいい酒量だ。胴の所々がふっくらとゆがんでい、口のひらきがおおらかで、成人男性のひとさし指がちょうど一本はいるくらい。

 

底には、白釉紋で古山子と彫ってある。底部から腰にかけて指痕がそのまま残されていて、陶工の指先の息吹が伝わる。釉調は画像だと黒光りしているが、実物の鉄釉は酒を吸ってしっとりとしてい、古作の手摺れ感がよく再現されている。写真では再現できない、自然の象る色味だ。掌のうえで徳利の肌を撫でていると、胴の微妙な起伏とあいまって、さわり心地が好い。

 

輪線もかなりモダンな印象だが、さすがは本歌を愛し研究した小山冨士夫。骨董の盃とあわせてもおもったほど違和感がないのだ。どっしりとおおらかな作行だが、記したように育ち方から使い心地まで細やかに計算されている。酒豪で鳴らした小山冨士夫は酒器づくりが巧い。おおいに酒徒好きのする徳利である。

 

あわせた盃は、冬からつかっている龍泉窯南宋青磁盃(右)、そして、拙ブログ初登場になる古萩七化盃(左)。伝世品の完器。共箱には「江戸時代作」と書かれている。

 

七化、とは、最上の陶土は吸水性が高く、酒を注ぎつづけることで色味が急流のように変化してしまい、育つというよりは文字通り「化ける」器のことをいう。

この盃の土は大道土らしく、高台の内側はなめらかな白。たぶん、焼成時は、雪色をめざした盃だったのだろう。けれども、写真のごとく、永い歳月にわたり酒を注がれることで元の色肌に帰れないほど変化してしまい、現在は花曇りに観る桜花の色彩に変化している。いわば、旅する盃、失郷の盃である。

箱の蓋裏には墨字で「早蕨」という銘があり、いまの色調ともまた異なっていたことが察される。うまい銘だ。ちなみに、ぼくはこの盃を「流桜」と仮銘して遊ぶ。

 

 春は気分がゆるやかになり、酒器もおおらかなものが好もしいが、早春にぴったりの盃だとはおもう。けだし、古山子の徳利とあわせるには、なにかがたりない。

 

 この徳利とあわせるなら、もっと素直で、自然の雄大さを感じさせる盃がほしい。希わくば、桃山時代の無地志野盃。しかも、ややおおぶりで口径がひろくあき、肌は人肌色に焼きあがった作が好もしい。まあ、ぼくにとって、そんな名器は夢幻にすぎないが…その夢の盃と古山子の徳利なら、理想の酒器のひとつとなるだろう。

 

 夢と桜を愛でつつ、昼から花見酒を愉しんだ。