(この稿、「平昌 韓日中詩人祭2017」のアフタートークです。ぜひ、バックナンバーをごらんください。)
さて、詩人フェスティバルも無事に終了。仁川国際空港に日本の詩人たちを送ったあと、ぼくは仁寺洞ちかくのホテルをはなれ、大学路(テハンノ)にあるホテルにうつった。詩人で出版社を経営されている金永卓さんが紹介し予約までしてくれたのだが、なんと、宿代も支払ってくれているという。まえにも書いた、「ミュージカルと劇場の街」、惠化(へファ)がすぐそこ。ぼくはホテルを根城に、昼間は水原(スウォン)や南漢山城(ナマンサンソン)へとでかけて、夜はびりびりボルテージがあがる飲屋街をさまよった。
さて、詩人フェスティバルも無事に終了。仁川国際空港に日本の詩人たちを送ったあと、ぼくは仁寺洞ちかくのホテルをはなれ、大学路(テハンノ)にあるホテルにうつった。詩人で出版社を経営されている金永卓さんが紹介し予約までしてくれたのだが、なんと、宿代も支払ってくれているという。まえにも書いた、「ミュージカルと劇場の街」、惠化(へファ)がすぐそこ。ぼくはホテルを根城に、昼間は水原(スウォン)や南漢山城(ナマンサンソン)へとでかけて、夜はびりびりボルテージがあがる飲屋街をさまよった。
ぼくのスマホがこわれていなければ…ああ、消えた写真たちよ。
水原は世界遺産にもなっている美しい華城が街の中央にある。ソウルの万里の長城といえる自然豊かな南漢山城も、世界遺産。気がつけば、ふたつともながいながい石の城壁をもつお城。ぼくは石の壁のうえをゆっくり、えんえんと散策して詩祭のつかれをとった。それにしても、今回の韓国は、なんだか城壁のうえばかり歩いていたなあ。
カルビ焼き肉発祥の地といわれる水原では、ワンカルビの有名店「カボジョンカルビ」で昼食。伝統的な韓国のお座敷で、炭火のうえで焼くぶ厚くて、やわこいカルビは、炭火でよく落ちた脂が口内にじゅわわっつととろけて最高。焼肉は日本のほうが旨いなんていう日本人もいるが、ナルシズムにもほどがある。日本円で2500円ほどのコースは、キムチや惣菜をはじめ魚介などが卓上にのりきらないほどならぶ。
水原は世界遺産にもなっている美しい華城が街の中央にある。ソウルの万里の長城といえる自然豊かな南漢山城も、世界遺産。気がつけば、ふたつともながいながい石の城壁をもつお城。ぼくは石の壁のうえをゆっくり、えんえんと散策して詩祭のつかれをとった。それにしても、今回の韓国は、なんだか城壁のうえばかり歩いていたなあ。
カルビ焼き肉発祥の地といわれる水原では、ワンカルビの有名店「カボジョンカルビ」で昼食。伝統的な韓国のお座敷で、炭火のうえで焼くぶ厚くて、やわこいカルビは、炭火でよく落ちた脂が口内にじゅわわっつととろけて最高。焼肉は日本のほうが旨いなんていう日本人もいるが、ナルシズムにもほどがある。日本円で2500円ほどのコースは、キムチや惣菜をはじめ魚介などが卓上にのりきらないほどならぶ。
そして、夜。惠化が二百以上の小劇場が群雄割拠する街だということは書いた。必然、呑み屋さんも活気があって、サラリーマンも学生もわあわあさわぎながら明るい酒を楽しんでいる。上演されている演劇も、古典や芸術的な演劇から、ホラーやアクションといったエンターテイメントまで、さまざま。
ぼくは恥ずかしながら韓国語をまったく解さないが、酔ったいきおいで看板がホラーっぽい小劇場にはいる。小一時間ほどの劇で、筋はホラーだが、ミュージカルあり、ダンスあり、お笑いあり、なんでもありの劇だった。
ぼくは恥ずかしながら韓国語をまったく解さないが、酔ったいきおいで看板がホラーっぽい小劇場にはいる。小一時間ほどの劇で、筋はホラーだが、ミュージカルあり、ダンスあり、お笑いあり、なんでもありの劇だった。
終演後に、ロビーでチラシをながめていると劇に出演していた女優さんふたりに韓国語で話しかけられた。あやまりながら英語でかえすと、むこうも片言の英語で話してくれる。なんとなく意気投合すると、呑みにさそわれた。菊の花でスープをとるという老舗手打ち麺店「菊秀家」(クッスガ)でビールとモツ揚げ、手打ち麺で腹ごしらえしたあと、バーをはしご。そのあと、記憶がやや曖昧なのだが、演劇関係者があつまるというレストランへゆく。
庭のある古い韓屋を、ちょっとイギリス田舎家ふうにレッド・アンド・グリーンでお色直ししたお店で、名前は失念。はいって奥の壁にはフェリーニのアマルコルドのおおきなポスターか壁画があって、壁という壁を落書きが蔦のように這っていた。ぼくが詩人フェスティバルに出演した、ということを話していたからだと思うけれど、役者さんのひとりが英語で短い詩を書けという。酔っていたぼくは五行ぐらいの詩を紙ナプキンに書いたと思う。それを、彼女がハングルに訳して、壁に書きいれてくれた。そのしたに、ぼくらはめいめいサインする。
庭のある古い韓屋を、ちょっとイギリス田舎家ふうにレッド・アンド・グリーンでお色直ししたお店で、名前は失念。はいって奥の壁にはフェリーニのアマルコルドのおおきなポスターか壁画があって、壁という壁を落書きが蔦のように這っていた。ぼくが詩人フェスティバルに出演した、ということを話していたからだと思うけれど、役者さんのひとりが英語で短い詩を書けという。酔っていたぼくは五行ぐらいの詩を紙ナプキンに書いたと思う。それを、彼女がハングルに訳して、壁に書きいれてくれた。そのしたに、ぼくらはめいめいサインする。
そのときの記念撮影も、女優の卵たちの艶やかな姿もうしなわれてしまったが、いつかまたあのレストランに舞いもどり、あれが酔夢ではなかったことをたしかめたい。
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