浅草、けとばし酔い2
(前回から、ぜひ、お読みを)
さて、とりあえず…、
瓶ビールで乾杯したあと、馬刺をたのんでみる。ロース、ヒレ、バラの三種。肉はやわこく、嫌な臭みはまったくなく、脂は、とろけるようだ。血ぬきがよくされていて、ほどよく成熟している。生姜、にんにくなどの薬味はついてこない。いらない、ということだろう。酒をつとたらした、生醤油のみ。
そして、鍋。まず、ロースを二人前。肉のならびが、花が咲いたようにきれい。つまりは、桜。
着物の仲居さんが、「うちの馬は、うっすら火がとおったら、もう食べてくださいね」と、いいのこしてたちはたらく。
あつあつの肉を、酒醤油で溶く軍鶏の有精卵をからめて頬張る。これは、信州松本の桜をいれて、いままでの三本指にはいる美味さ。馬とは思えない、味がしつこくなく、あっさり、澄んでいて…けだし…、
ことし、五月には四五になり、食欲は減退の一途をたどるぼくだが、それでも、ちと、値のわりにポーションがすくなくはないか。この感覚、中江さんのみならず、じつは、浅草の老舗名店に共通するのだ。すると、
「石田さん、ね、浅草の酒には、しみったれの美学というのが、あるのですよ」と、谷口昌良さん。
「しみったれ、ていうのはね、ここ浅草では善い言葉なのですよ。祖父や父ともよくこの店にはきたけど、祖父なんか、こぼれた酒をもったいねえって、手にぬるんですよ。呑みきったお銚子の底にのノ字なんか書いてね。箸も一本しかつかわないで、鍋もちびちび、文字通りつつくように食べる。煮つめた出汁をちょいちょいつついて、それを酒のアテにしてね。で、〆に夜鳴き。酒も食物も、そうやって、大切にいただいたんですね」。
(なある…)
わかった気がした。桜は、一瞬で散り、ねぎ、しらたき、焼き豆腐がちんまりとはこばれてきた。これも、ちょこっとつまんで、あとは生卵とかきまぜてくつくつ煮くずす。こうして、できた卵出汁を、あつあつの飯にかけ、味噌汁とささといただくのが中江流。
せっかくだから、バラ肉も食べたくて、たのんだ。バラは、さきに鍋の出汁に味噌を溶いておく。そこに、肉をいれ、こちらは少々よく火をとおして、いただく。まあ、牛でも豚でもない脂が、凍てつく街をとろかしてしまいそうで。
その間、写真の話、文学、アートの話に花を咲かせ…。
じつに、結構な夜桜でした。
店をでしな、「石田さん、これから、どちらへ」。
いたずらっぽく微笑う、谷口氏だった。
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